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【新連載:ユダヤ人の発想に学ぶ8】 オバマとアクセルロッドの戦略
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今回の米国大統領選でオバマ陣営の陰の立て役者アクセルロッドとはどのような人物か。彼の戦略とオバマの政治的魅力を紹介します。日本の政治家にも見倣ってほしい点がたくさんあります。 1.オバマのビジョン筆者は2005年2月の英字新聞記事で、バラク・オバマの存在を知りました。イリノイ州から連邦議会上院に選出されたオバマ議員は黒人でしかも最年少議員という見出しでした。そこには、前年04年7月末の民主党全国大会でおこなった彼の基調演説の要旨も掲載されていました。04年7月といえば、当時かれはまだ42歳、しかもイリノイ州議会の上院議員、つまり1地方議員でしかありませんでした。そういう無名の地方議員が民主党の全米党大会で基調演説を任されるという異例さ。それはアメリカの魅力の1つです。 だが、バラク・フセイン・オバマ。その名前を見て、一瞬、イスラム教徒ではないか?と思いました。記事を読むと、1961年8月4日、ハワイ生れ。父親はケニア人、母親はアメリカ白人。なるほど、オバマはアメリカ人なのだと納得しました。 その新聞の活字の向うから、まるで声が聞こえるかのように雄弁で、共感を呼ぶ名演説でした。リンカーン大統領のゲチスバーグで名演説、「人民の、人民による、人民のための政府」をしのぐ感動を私は受けました。 基調演説の冒頭でオバマは、 「わたしの仲間、アメリカ国民の皆様、民主党員、共和党員、独立系の方々」と呼びかけていました。民主党大会であることを忘れさせるかのような呼びかけでした。 続けて、彼は個々人の思想・信条・生き方の相違を認めながらも、米国民のより大きな自覚に訴えようとしました。 「我々は個々人の夢を追求することを許されているばかりでなく、1つのアメリカ家族としてここに集ったのです」と。 オバマの演説のハイライトは、次の一節でした。 「今夜、私は国民に申し上げる。リベラルなアメリカと保守的なアメリカがあるのではない。団結したアメリカ諸州があるのです。黒人のアメリカと白人のアメリカ、そしてラテン系アメリカとアジア系アメリカがあるのではありません。この団結したアメリカ諸州があるのです」 最後に、彼はこう締めくくりました。 「そして我々には希望がある。困難に直面しての希望、不確実に直面しての希望、希望をもつという大胆さです。最後に、それこそが神からの我々への最大の贈物、この国民の岩盤です。すなわち、見えざることへの信念、前方により良い日々があるという信念であります」 彼が「the United States of America」と語るとき、それは平坦な発音、ユナイテッドステイツオブアメリカ(アメリカ合衆国)ではありません。 オバマは、「ユナイテッド」をいったん強調してから、「ステイツ・オブ・アメリカ」と区切っています。団結し結束した(ユナイテッド)ステイツ・オブ・アメリカ(アメリカ諸州)、すなわち、個人の相違はあっても、一体となった米国こそが彼の政治ビジョンなのです。 2.アクセルロッドの略歴今回の選挙でオバマが勝利したかげには、首席選挙参謀をつとめたデビッド・アクセルロッドの大活躍がありました。アクセルロッドとオバマの出会いは16年前、1992年の大統領選挙戦に遡ります。 当時オバマはクリントン候補のためにシカゴの黒人地区で熱心に選挙運動をしていました。その活動ぶりがシカゴの民主党活動家ベティ・サルツマン女史の目に止まりました。 彼女は一目で、オバマの人物がただ者でないことを見抜き、「あの青年はやがて初の黒人大統領になるわ。シカゴ第1の選挙コンサルタントを紹介しなきゃ」と友人に相談し、アクセルロッドをオバマに引き合わせました。 アクセルロッドは当時既に選挙コンサルタントとして社会的に実績を確立していました。 アクセルロッドは1955年2月ニューヨーク生れです。両親はユダヤ人で、父親は心理学者、母親は左翼系ジャーナリストでした。両親は彼が8歳の時に離婚。彼は少年時代から政治に関心を持ち、13歳の時には、ケネディの選挙戦の支援バッジを売り歩いていたとのこと。 シカゴ大学政治学科在学中、シカゴ郊外の新聞ハイドパークヘラルド紙に政治評論記事を書いていました。卒業後、シカゴトリビューン紙記者になる。84年の上院選挙のさいに、サイモン議員の選挙副本部長として実績を上げ、85年にコンサルタントとして独立。彼は87年のシカゴ市長選挙でハロルド・ワシントンを初の黒人市長として当選させ、その後、デトロイト、クリーブランド、ワシントンDC、ヒューストン、フィラデルフィアなどで次々と黒人市長を誕生させました。 一方、オバマ自身は、1996年にイリノイ州議会上院議員選挙に立候補し当選します。98年、2002年と州議会選挙で再選されています。しかし、2000年の連邦議会下院議員選挙に立候補したさいは落選しました。 オバマは2002年頃からアクセルロッドと親しくなりはじめました。そして、連邦議会上院議員選への出馬を決意した2003年には、アクセルロッドと正式に顧問契約を結び、彼の選挙対策本部参謀長になってもらったのです。 3.軍師アクセルロッドアクセルロッドは、「選挙戦が最悪の状態のときに、オバマはいつも落ち着いていて、ベストの状態で我々を支えてくれた」とオバマをほめます。二人の関係は陰と陽で、概して感情の浮き沈みが烈しいのはアクセルロッドで、オバマのほうが落ち着いています。 オバマはアクセルロッドについて、「デビッドと私は世界観を共有しています。国家は如何にあるべきか、何処に我々は向かうべきか、我々のベストを引き出すための政治は如何にあるべきか。そうした問題に関しての彼の基本に私は信頼しています」と語る。二人は世界観だけでなく、こまやかな感情をも共有しているのです。たいてい夜11時をすぎると、「Signed, Sealed, Delivered I'm Yours.(サインをした。封をした。送った私はあなたのものよ)」というステヴィ・ワンダーの曲で、アクセルロッドの携帯電話が鳴りはじめる。それはオバマからの電話です。オバマは深夜にひとりであれこれ考えているとのこと。考えが煮つまると、アクセルロッドに意見を求めてくる。そこには、もはや依頼者とのコンサルタントとの顧問契約の利害の世界はない。二人の友情だけの次元なのです。 4.オバマ陣営の選挙戦略オバマの選挙戦は異例尽くしでした。民主党のヒラリー・クリントンも、ジョン・エドワーズも、共和党のマケインも、この大統領選のために数年も前から準備してきました。エドワーズ候補は04年の民主党公認候補でした。そこに2006年11月、オバマは立候補を決意したのです。時間は無い。もちろん党の幹部組織の支持もない。大口献金者も周囲にいない。今回の大統領選挙戦はアクセルロッドの他に、選挙対策委員長デビッド・プローフ、情報統括ロバート・ギッブスの3人が中心になってオバマを支えました。この3人の他に数名のブレーンを集めて、ひそかに戦略を決定しました。 (1)選挙戦のテーマに「CHANGE」を掲げる。(2)草の根運動で候補者の周囲に熱気をもりあげさせる。(3)インターネットを駆使して小口献金を募る。(4)インターネットを駆使して選挙戦のボランティア運動員を募り、同時に投票者にもなってもらう。(5)人種を問題化させない。(6)黒人がホワイトハウスの主人になることに違和感をもたせないようにする。(7)アイオワ州で初戦を勝利する。……などです。(お金がないから何も出来ないという言い訳は、オバマには通じません) とりわけ活用したのがインターネットでした。ネット販売で得たオバマ関連商品の利益約5000万ドルはそのまま寄付金に回されました。中盤戦以後は、4年前の選挙ではまだ存在していなかったYouTubeを使って5分間インタビュー番組を流し、有権者がいつでも、どこでも、直接オバマの最新の顔と声に接することができるようにしました。またFacebookを使って、だれでもオバマの経歴を閲覧できるようにしました。 しかもオバマ候補がネットで集めた選挙資金は700億ドル。まさにネット作戦を制したオバマが当選しました。 選挙戦中、対抗候補者たちがオバマへの中傷をはじめたとき、そのつど選挙参謀たちは反撃をオバマに奨めました。だが、オバマは一貫して他候補への中傷を拒絶し、倫理を貫きました。このオバマの中立で揺るぎない態度が、最終的に多くの人々が彼に1票を投じた理由でもありました。 5.オバマ政権の身体検査いまオバマとアクセルロッドが重要課題として取り組んでいるのは、新政権の政策もさることながら、それを担う人材の選考です。日本では、かつて小泉首相の時に、閣僚候補者の「身体検査」が話題になりました。あれは飯島秘書官だけに命じて隠密裡にやらせた一方的身上調査でした。オバマはそれを公開で行なっています。オバマ政権の要職希望者は、63項目にわたって、本人の経歴・職歴だけでなく、配偶者ならびに成人家族についても詳細な身上報告が求められています。過去に達成した職務、失敗についても詳細に報告せねばなりません。 過去10年間の職歴の証明書。過去10年間に報酬や謝礼を受取った活動。不動産所有の有無と1万ドル以上の借金と期限。過去に50ドル以上の交通違反切符も含む犯罪歴。本人または家族が銃を所有しているか。全員のEメールとインターネット上の仮名、Facebookへの登録の有無。本人ならびに家族が所属している団体名。政治団体・ロビー団体などと関係しているかの有無。人種差別・性差別.障害者差別・宗教差別などをしている団体との関係との有無。政府の管理下に移されたファニーメー、フレディマック、ワシントン相互、AIGなどとの関係の有無。家の使用人、子守り、運転手、庭師などへの給与支払いと税金、ならびに使用人が移民の場合そのビザの証明書。本人と配偶者の所得の5%以上を占めている全ての収入源の明記。本人と配偶者が親友または親戚以外から受取った価格50ドル以上の贈物のリスト。これだけ膨大で詳細な身上調査票を記入に抵抗を感じる人は、オバマ政権での就職を諦めてもらうしかありません。 クリントン元大統領は、妻ヒラリーの国務長官就任のために、この身体検査に同意し、今後ホワイトハウスの承認なしに勝手に海外で活動しないという一文にも署名したそうです。 |


